感想雑貨店フヒねむ

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【読書感想】「幕末武士の失業と再就職」

幕末武士の失業と再就職 (中公新書)

騒動は、安政二年六月の夏にはじまった。田辺に居住する紀州藩横須賀組一統に対し、紀州家から支藩安藤家への支配替の通達が届けられた。横須賀組二十二家はこれを拒み、家康以来の徳川直臣の家柄である証拠書類をもって安藤策と執拗に通達撤回の運動を行なうが、決裂、整然と田辺を退散して浪人となる。しかし、六年余の浪々の後、一統は復帰運動を展開する。本書は、団結して復帰成功に至る横須賀組の動向と、幕末武士社会を描く。

Amazon内容紹介より

「失業」と「再就職」というワードにドキドキしてしまう最近の自分には手に取るのが躊躇われるタイトルではあったのですけれども、もしかしたら何かのヒントになるかもしれない…とか思いながら、長いあいだ積んであった本を手に取ってみました。結論から言うと、今の自分には直接的なヒントは何一つありませんでした。ですが、そこが読書の良いところですよね。いつか何かの役に立つこともあるかもしれないし、恐らく役に立つことはない、そんなところが読書が好きな理由です。


さて「幕末武士の失業と再就職」です。当然と言えば当然のことなのですけれども、現代の失業と再就職を想像して本書を読むと、その違いに困惑してしまうと思います。少なくとも自分はそうでした。同時に、その形は違っていても生業を失うということの重大さ、という意味では幕末武士にとっても現代を生きる自分にとっても変わらないのは間違いないのだな、と思いもしました。ただし、当時は1人の得る収入に依存している人数が現代よりも圧倒的に多いでしょうから、その重圧は今とは比べ物にならないのかもしれません。

また、この点が現代との大きな差ではあると思いますけれども、「武士」としての、または家としての誇り、そして本書で扱われている騒動の主役となった「横須賀組」のような縁のある家同士の繋がりなどが大きな要素として、その行動に関係してきます。それらは重圧を大きくもしたでしょうし、それが力となった側面もあったのでしょう。本書を読むと、特にその武士としての誇りと家同士の繋がり、という部分が幕末武士たちの行動規範のかなり大きな部分を占めていたのだろうことが感じられます。


ちなみに本書にも写真が載っていた再就職先となった松阪御城番の屋敷は現在どうなっているのかな、と思ってGoogleで検索してみたところ、しっかりと整備されて未だ残っているようでした。以下にGoogleストリートビューを貼っておきます。

この場所には「合同会社苗秀社」があり、その組織は本書で扱われた「横須賀組」から連綿と繋がっています。ちなみに本書においては「合資会社苗秀社」となっていますけれども、2016年に「合同会社苗秀社」と変更されたようです。歴史的な役割を終えて、もう随分と経つ組織ではあるのでしょうけれども、当時の「横須賀組」の面々の想いが現代にまで形だけでも残しているのだろうなあ、と思いました。この町並みは一度訪れて見てみたいですね。


ところで本書で数多く紹介されている当時の日記などの文章の1つに面白い表現がありました。「ちんこの俎板*1」です。ナニソレ超痛そう、とか思ってしまったのですが、これは「雑作もないこと、わけもないこと」の比喩表現だそうです。「賃粉切り」とも言うそう。どちらにせよ、痛そうです。こういった、今では何のことなのかさっぱりわからない表現に出会えたりするのも、古い時代の文章を読む楽しみではありますよね。反応してしまうのは、このような下ネタに近いものが多い気はしますけれども…。


そんな訳で「幕末武士の失業と再就職」は現代に生きる自分がドキドキしてしまうような「失業」や「再就職」についての内容ではありませんでしたが、社会は違っていても、そこに生きる人々の必死さ、というものを感じられる読書ではありました。自分の一番大切なもののために必死になる、というのはいつの時代を生きていても大事なことなのは間違いないでしょうね。

*1:まないた